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毎日新聞 「悼む」より

毎日新聞に、亡くなられた方に親しい方が文章を寄せる欄があるのですが、素晴らしい文章だったので忘れないためにここに貼付けます。

桜井哲夫さんもすごい方だけど(Hoianは初めて名前を知りましたが)、このきれいな文章を書かれる金さんもとても素敵な方なんだろうなと思って読みました。


悼む

生老病死を楽しんで 金正美
桜井 哲夫さん ハンセン病元患者・詩人

岩木山のふもとのリンゴが赤く実った秋。17歳の桜井さんは一人で故郷の津軽を離れ、群馬県の国立療養所「栗生楽泉園」へ向かった。「病気が治ったら、春には帰ってこれっから」。母に言われたが、春が来ても帰れなかった。

初めてお会いしたのは17年前の冬だった。眼球を摘出し、鼻の形も分からない姿に絶句し「怖い」と思ってしまった自分にひどく落ち込んだ。私が在日コリアン3世と知ると「一緒に故郷を取り戻そう」と声をかけてくれた。いつしか「ハラボジ(祖父)」「ソンジャ(孫)」と呼び合うようになった。

手の指も失った桜井さんは、口述筆記で詩を作る。望郷の思いは、字を読めなかった母親に語りかけるように綴った。「行間にある思いを大切にしたいの。人と人の隙間を埋めるのは文字ではなく言葉だから」。日常会話もまるで美しい詩のようだった。

ある日「一緒に詩を書いてみない?」といわれた。躊躇していると「じゃ、旅に出よう」と誘われた。道行く人に助けられ、白杖の代わりに二人で手をつないで全国各地の学校を訪ねた。子供達に体験を話し、若く瑞々しい感性と言葉に触れた。

らい予防法廃止後の01年には念願の故郷の土を踏み、家族や友人に「いつでも帰って来い」と迎えられた。語り続けた思いは出会った人々に受け止められ、温かい言葉がこだまのように返ってきた。

「らいになってよかった」病むことも生きることも死も、気持ち一つで「楽しい」と、冬のひまわりのようにまぶしく笑っていた。

お骨は親族が持ち帰り、今年の正月は70年ぶりに生家で迎えた。真っ白なリンゴの花が咲く春、両親の眠る墓に埋葬される。





               sakura315.jpgさくらをリンゴに見立てて

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Hoian0102

Author:Hoian0102
自給自足の百姓を夢見る牛飼いです。
2008年に始まったB型肝炎訴訟原告です。
B型肝炎訴訟や農業のこと、食べ物のことなどぼちぼち書いていこうと思います。

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